2012(平成24)年2月14日
厚生労働大臣 小宮山洋子 殿
生活保護制度改革に関する要望書
生活保護問題対策全国会議
代表幹事 弁護士 尾藤広喜
第1 要望の趣旨
1 「生活保護制度に関する国と地方の協議に係る中間とりまとめ」(以下「中間とりまとめ」という。)の「2.求職者支援制度と生活保護制度の関係整理」において,「合理的理由なく(職業)訓練の申込みをしない,または訓練に出席しない場合には,稼働能力不活用として,(略)指導指示等所定の手続の上で保護の停廃止を検討する」としている点は撤回されたい。
2 今後の生活保護制度改革案の策定にあたっては,制度を利用している当事者が置かれている実態やニーズを調査し,また,当事者や支援者の声を聴取することによって,真に当事者のためになる施策を策定しうるシステムを構築されたい。
第2 要望の理由
1 昨年12月12日に発表された「中間とりまとめ」においては,保護費の半分を占める医療扶助抑制策として検討されていた,生活保護利用者の医療費一部自己負担や,安価な後発医薬品(ジェネリック)の使用義務付けは見送られた。こうした施策は受診抑制による健康や生命への危険を招くことが必定であるうえ,却って医療費が高額化するおそれもある,単なる劣等処遇論にすぎない。見送りは当然ではあるが,その判断を評価し歓迎する。
2 しかし,「中間とりまとめ」が,「2.求職者支援制度と生活保護制度の関係整理」において,「職業訓練による就職実現が期待できると判断された者について,合理的理由なく(職業)訓練の申込みをしない,または訓練に出席しない場合には,稼働能力不活用として,(略)指導指示等所定の手続の上で保護の停廃止を検討する」とした点は,以下の理由から大きな問題があるから,撤回されるべきである。
第1に,求職者支援制度の運用は,本年10月の本格実施に伴い異常に厳格化されている。
具体的に言うと,一度でも「やむを得ない理由」なく訓練を欠席したりハローワークの就職支援を拒否すると当月の給付金が不支給となり,これを3回繰り返すと初日にさかのぼって給付金の返還の対象となる。別居の親族の危篤や葬儀,高校生等の子の入学式等は除外されるなど「やむを得ない理由」も厳しく制限されている。さらに,「やむを得ない理由」があったとしても8割の出席率がなければ,やはり当月の給付金が不支給となる。こうした「やむを得ない理由」の判断が上記の「合理的理由」の判断と連動すると,体調の悪化や訓練内容のミスマッチなどやむを得ない理由で訓練を欠席した者まで命綱である生活保護を打ち切られることが大いに懸念される。
第2に,通知等の出し方をよほど配慮しない限り,求職者支援制度の活用が事実上保護の要件とされかねない。しかし,同制度は本年10月に始まったばかりで,訓練メニューも未だ十分ではなく地域によっての偏りも大きい。このように,すべての生活保護受給者のニーズに合った訓練メニューが用意されているとは到底言えない現状において,求職者支援制度の利用を強要して受給者を不当に生活保護から締め出す動きが強化されかねない。
第3に,上記提言は,生活保護法4条1項が定める稼働能力の活用を怠るものとして指導指示違反による保護の停廃止を認めるものであるが,こうした考え方は,法理論上も大いに疑問がある。
なぜなら,稼働能力活用の意思があり,その努力をしても活用の場(仕事)が見つからなければ稼働能力活用要件を満たすものと解されているところ,求職者支援制度の訓練を受けないということが直ちに「稼働能力活用の意思」がないということにはならないし,求職者支援制度が存在するからといって「稼働能力活用の場(仕事)」があるということにもならないからである。
したがって,求職者支援制度の利用を事実上義務づけるような通知の発出は行うべきではなく,上記提言は撤回されるべきである。
3 上記提言は,生活保護利用者の中で稼働可能な層が増えていることを当然の前提としてなされている。
しかし,稼働可能層が含まれているとされる「その他」世帯の世帯人員のうち約55%を50歳以上の中高年齢者が占めている。世帯主以外に障害や傷病で働けない者がいても,「その他」世帯に分類される。世帯主に障害や傷病があっても,「働けないほどではない」と判断された場合も「その他」世帯に分類される。そうすると,「その他」世帯=直ちに一般労働市場において働くことができる世帯ではない,ということになる。にもかかわらず,「その他世帯は働ける」という前提で制度改革を押し進めれば,不当に保護から排斥され,生命の危険に瀕する者が続出することが大いに懸念される。
制度改革の前提としては正確な実態把握を行うことが不可欠である。そのためには,200万人を超える利用者の声を聞き,その実像に迫る必要がある。国と地方の協議は非公開の密室において行われてきたが,私たちは,200万人を超える生活保護利用者をはじめとする低所得層の生存を支える生活保護制度の抜本改革案を国と地方が密室で協議して決めようとすることを批判し,当事者や支援者の意見を十分に聞くべきであると繰り返し主張してきた。
「その他」世帯に属する人々はどのような人々で,どのような理由で生活保護を利用するに至り,どのようなニーズを抱えているのか。生活保護利用者のうち,実際に一般労働市場において働くことができる者がどれくらい存在するのか。こういったことを実態調査や,当事者(支援者)等からのヒアリング等によって把握することが,政策立案の不可欠の前提とされるべきである。
以 上
厚生労働大臣 小宮山洋子 殿
生活保護制度改革に関する要望書
生活保護問題対策全国会議
代表幹事 弁護士 尾藤広喜
第1 要望の趣旨
1 「生活保護制度に関する国と地方の協議に係る中間とりまとめ」(以下「中間とりまとめ」という。)の「2.求職者支援制度と生活保護制度の関係整理」において,「合理的理由なく(職業)訓練の申込みをしない,または訓練に出席しない場合には,稼働能力不活用として,(略)指導指示等所定の手続の上で保護の停廃止を検討する」としている点は撤回されたい。
2 今後の生活保護制度改革案の策定にあたっては,制度を利用している当事者が置かれている実態やニーズを調査し,また,当事者や支援者の声を聴取することによって,真に当事者のためになる施策を策定しうるシステムを構築されたい。
第2 要望の理由
1 昨年12月12日に発表された「中間とりまとめ」においては,保護費の半分を占める医療扶助抑制策として検討されていた,生活保護利用者の医療費一部自己負担や,安価な後発医薬品(ジェネリック)の使用義務付けは見送られた。こうした施策は受診抑制による健康や生命への危険を招くことが必定であるうえ,却って医療費が高額化するおそれもある,単なる劣等処遇論にすぎない。見送りは当然ではあるが,その判断を評価し歓迎する。
2 しかし,「中間とりまとめ」が,「2.求職者支援制度と生活保護制度の関係整理」において,「職業訓練による就職実現が期待できると判断された者について,合理的理由なく(職業)訓練の申込みをしない,または訓練に出席しない場合には,稼働能力不活用として,(略)指導指示等所定の手続の上で保護の停廃止を検討する」とした点は,以下の理由から大きな問題があるから,撤回されるべきである。
第1に,求職者支援制度の運用は,本年10月の本格実施に伴い異常に厳格化されている。
具体的に言うと,一度でも「やむを得ない理由」なく訓練を欠席したりハローワークの就職支援を拒否すると当月の給付金が不支給となり,これを3回繰り返すと初日にさかのぼって給付金の返還の対象となる。別居の親族の危篤や葬儀,高校生等の子の入学式等は除外されるなど「やむを得ない理由」も厳しく制限されている。さらに,「やむを得ない理由」があったとしても8割の出席率がなければ,やはり当月の給付金が不支給となる。こうした「やむを得ない理由」の判断が上記の「合理的理由」の判断と連動すると,体調の悪化や訓練内容のミスマッチなどやむを得ない理由で訓練を欠席した者まで命綱である生活保護を打ち切られることが大いに懸念される。
第2に,通知等の出し方をよほど配慮しない限り,求職者支援制度の活用が事実上保護の要件とされかねない。しかし,同制度は本年10月に始まったばかりで,訓練メニューも未だ十分ではなく地域によっての偏りも大きい。このように,すべての生活保護受給者のニーズに合った訓練メニューが用意されているとは到底言えない現状において,求職者支援制度の利用を強要して受給者を不当に生活保護から締め出す動きが強化されかねない。
第3に,上記提言は,生活保護法4条1項が定める稼働能力の活用を怠るものとして指導指示違反による保護の停廃止を認めるものであるが,こうした考え方は,法理論上も大いに疑問がある。
なぜなら,稼働能力活用の意思があり,その努力をしても活用の場(仕事)が見つからなければ稼働能力活用要件を満たすものと解されているところ,求職者支援制度の訓練を受けないということが直ちに「稼働能力活用の意思」がないということにはならないし,求職者支援制度が存在するからといって「稼働能力活用の場(仕事)」があるということにもならないからである。
したがって,求職者支援制度の利用を事実上義務づけるような通知の発出は行うべきではなく,上記提言は撤回されるべきである。
3 上記提言は,生活保護利用者の中で稼働可能な層が増えていることを当然の前提としてなされている。
しかし,稼働可能層が含まれているとされる「その他」世帯の世帯人員のうち約55%を50歳以上の中高年齢者が占めている。世帯主以外に障害や傷病で働けない者がいても,「その他」世帯に分類される。世帯主に障害や傷病があっても,「働けないほどではない」と判断された場合も「その他」世帯に分類される。そうすると,「その他」世帯=直ちに一般労働市場において働くことができる世帯ではない,ということになる。にもかかわらず,「その他世帯は働ける」という前提で制度改革を押し進めれば,不当に保護から排斥され,生命の危険に瀕する者が続出することが大いに懸念される。
制度改革の前提としては正確な実態把握を行うことが不可欠である。そのためには,200万人を超える利用者の声を聞き,その実像に迫る必要がある。国と地方の協議は非公開の密室において行われてきたが,私たちは,200万人を超える生活保護利用者をはじめとする低所得層の生存を支える生活保護制度の抜本改革案を国と地方が密室で協議して決めようとすることを批判し,当事者や支援者の意見を十分に聞くべきであると繰り返し主張してきた。
「その他」世帯に属する人々はどのような人々で,どのような理由で生活保護を利用するに至り,どのようなニーズを抱えているのか。生活保護利用者のうち,実際に一般労働市場において働くことができる者がどれくらい存在するのか。こういったことを実態調査や,当事者(支援者)等からのヒアリング等によって把握することが,政策立案の不可欠の前提とされるべきである。
以 上