本来医療扶助から支給される通院移送費(交通費)について、奈良市福祉事務所が本人に制度を教示せず、また本人から相談があったにも関わらず生活扶助から費用を捻出するよう指導した事案で、奈良地方裁判所は、2018年3月27日、原告の訴えを認め、処分の取り消しを認めました。
以下のとおり、原告は判決をふまえて声明を出し、弁護団は奈良市長に控訴をしないよう申し入れました。
趣旨にご賛同いただける方は、奈良市長に控訴しないよう求めるファックスを送っていただくようお願いいたします。
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[弁護団申入書]
私たちは、奈良市を被告とする奈良地方裁判所平成27年(行ウ)第31号 保護変更申請却下処分取消等請求事件、国家賠償請求事件における原告H氏の訴訟代理人団として、次のとおり意見を述べます。
奈良市は、本件につき、控訴をするべきではありません。
1 頭書事件についての本年3月27日の奈良地方裁判所の判決では、H氏の通院交通費の平成25年8月以前の遡及分につき、奈良市側がいったんはその支給をすることを表明しながら、後にこれを覆してH氏の申請を却下したことが、「禁反言の法理」の適用によりもはや行政裁量の範囲を逸脱するものとして違法と宣言されました。
「禁反言の法理」は行政関係にも適用され得る法の一般原則であり、あえていうならば子どもでも自然に理解できる社会の当然のルールです。すなわち、行政たるもの、市民に対していったん行政サービスを提供するとの態度を表明し、何らかの教示等を行ったならば、そのような態度をその後に易々と変えてはならないというのはごく当たり前のことであって、このようなことから、申請却下処分の違法を宣言した奈良地裁判決は、もし控訴審においてこの点が争われたとしても、そうそう覆るとは思われません。
2 更にいえば、私たちは、そもそも、奈良市側が当初に表明した「診療のレセプト等で確認できれば、可能な限り遡及して通院移送費の支給を行う」との考えが、むしろ、行政として正しい態度であったと考えます。
奈良市側が通院移送費制度に関する周知文書を生活保護利用者に対し配布したのが平成26年10月ころに至ってであったことは、訴訟上も争いがなく、奈良地裁も判決の当然の前提にしています。本来、的確に保護利用者に周知されるべき通院移送費制度について周知を行っていなかったのはこと奈良市側の問題です。保護変更も申請主義とはいうものの、生活保護制度のすべてについて利用者の側に自ら知っているべきこと、調査して把握すべきことを前提に自発的な申請を求めるのは酷であり、むしろ支援する側が困窮している利用者の目線に立って必要・有益と思われる助言を行うのが福祉のケースワークのあり方であろうと思います。この点、奈良地裁判決は、平成22年通知は実施機関が通院移送費制度に関する周知を怠っている限りはそれまでに発生した交通費につきすべて事後申請を認める趣旨であるとの私たちの主張を必ずしも採用しませんでしたが、しかし、平成22年通知の趣旨如何に関わらず、奈良市は、生活保護利用者に対する的確なケースワークができていなかったという誹りを免れないと私たちは考えます。したがって、この点を認め、可能な限り遡及しての移送費支給を行うとした当初の態度こそが、行政としてあるべき態度だったのです。
つまり、本件は、本来、「最初に誤った教示をしてしまったが、それでも後でそれを撤回・修正してはならない」という事案ではなく、「当初の態度こそが行政としてあるべき態度であったが、形式論に拘泥する余り後に態度を翻したことが違法と断罪された」事案というべきです。奈良地裁判決も、仮に本件が「最初に誤った、本来違法である内容の教示をしてしまったが、それでもいったんこれをしてしまった以上は後でそれを撤回・修正してはならないのか」という事案であれば禁反言の法理の適用を躊躇したと思われますが、そうではなかったということを念押ししておきたいと思います。
3 一方、奈良地裁判決においては、H氏が生活保護受給開始後間もなくからケースワーカーに対し通院に要する交通費の支給如何に関する質問・相談を複数回していたという原告側の主張については、これを奈良市のケースワーカー側がみな否認する供述を行ったということもあり、立証が不十分とされてしまいました。
しかし、H氏から直接聴き取りをし、事実関係を確認した私たち代理人団は、この主張は紛れもない真実であると確信しています。H氏が本当に正直な、実直な人柄であるゆえに、淡々と、質問・相談の日時等の詳細は特定できない旨供述されたことが立証不十分との評価を受けました。しかし、高齢・持病ありゆえに頻繁に通院治療を受けておりしたがって交通費の負担も重かったと思われるH氏が、ただでさえ十分でない生活扶助費からこれを支出することに苦労し、困ったであろうことは、想像に全く難くないところです。H氏は、転居の際の敷金や、眼鏡の購入費用については保護費として支給されないのかとケースワーカーに尋ねていたことはケース記録票にも記載されていますから、通院の際の交通費についても、同様に尋ねたと考える方が全く自然です。他方で、奈良市側の担当ケースワーカーの通院移送費制度に関する知識・理解が本来の制度のあり方に比べて全く不十分・不正確・誤りであったことは、本件訴訟において行われた各ケースワーカーに対する証人尋問結果からも明らかであり(多くの傍聴者は一様にこの点について義憤や失望を感じたとのことです。)、そのようなケースワーカーが、H氏からの質問・相談に対し的確な対応をしなかったであろうことも、ほぼ間違いないものと考えます。
奈良市においては、訴訟上の勝訴・敗訴という結論如何に関わらず、このことを真摯に受け止めていただきたいと思います。
4 これに関連して、証拠保全申立に関する大阪高裁決定(大阪高等裁判所平成28年(行ス)第103号)において指摘された「開示されたケース記録票の不自然さ」の問題についても、目を背けないでいただきたい。
真実は私たちにはわかりませんが、H氏がケースワーカーに対し通院交通費に関する相談をしたはずの時期のみ全く記載がないとされるケース記録票は、大阪高裁決定も「ケース記録にこのような長期間の空白があることは、その間に7日間の入院があることを併せ考えれば、余りに不自然といわなければならない」と述べるとおり、やはり不自然としかいえません。
昨今様々なところで問題が発覚しているような公文書の改ざんや抜取りが奈良市にもあったとは想像したくありませんが、爾後、そのような疑念を抱かせることのないよう、ケース記録票には通しページ・番号を付すなどの改善策を直ちにとるべきです。
5 判決は保護費の支払を義務付けるものであったために、控訴如何は厚生労働省との協議が必要である、ということなのかもしれません。
しかし、仮にそうであれば、奈良市においては、厚生労働省に対し、控訴を断念すべきである旨主張するとともに、むしろ、本件訴訟を機に、改めて、各実施機関に対し、通院のために合理的に必要な交通費については移送費の支給が可能であること、そのことを実施機関は生活保護利用者に対し一般的に周知し、かつ、個別的に教示すべきこと、逆に「原則的には生活扶助費から捻出すべきものである」とか「一定額を超えない限り支給されない」とかいった誤った教示を行うべきでないことを通知して徹底周知し、「現場」の混乱を招かないようにすべきことを進言すべきです。
私たちは、前述のとおり、奈良市においてケースワーカーを担当された職員たちが、不十分・不正確・誤った知識によりH氏に対し苦痛を与えたであろうことを厳しく批判しつつも、個々の職員についての人格非難まで行いたくはありません。根本的には、通院移送費制度に関する厚生労働省のスタンスが「現場」からわかりにくい、あるいは、支給について抑制的であるようにみえる、といったことが問題なのだろうとも考えています。仮にそうであれば、奈良市は、本件を機に、過ちを真摯に振り返ってこれを正すとともに、生活保護行政全体のあり方を改める先頭を走っていただきたい。
6 最後に、H氏は、現在、重篤な疾病により生命の危機にありながらも、「生活保護行政が利用者のためにあってほしい」との思いのもとに、当事者として訴訟を遂行してこられました。保護受給中に通院移送費の支給がなされないばかりに通院治療の受け控えもしたことと、現在の病状の因果関係の有無はわからないにしても、いずれにせよ、市民が命を賭して「正しいこと、あるべきこと」を追及していることに対し、かたちばかりの控訴をして救済を先延ばしにするような、あるいは救済を与えないような不誠実で応えるべきではありません。H氏が存命の間に適切な救済がなされることが当然であり、是非とも必要です。
したがって、私たちは、本件につき、奈良市が控訴しないことを求めます。
[原告声明文]
一ヶ月約6万円の暮らし。私の悩みや質問、相談について役所はまるでひとごとのように接し、相手を理解しようとしませんでした。
移送費の問題は私だけの問題じゃない、そして移送費だけの問題ではない、受給者・貧困者・対象となりうる市民に対する行政の考え方を改めてほしいと願い多くの支援者に囲まれながら提訴に至りました。奈良市でも見えない小田原ジャンパーを着て職務にあたっていると感じています。
表面上は適当な答えや対応をするが基本的な考え方そのものは、意識しないうちに差別してしまっている、役所という組織が少しでも変われば意義がある、なんとか最後まで頑張りたい。最後を見ることができなくとも最後まで頑張りたい、この後、困っている多くの人たちのためにいい影響力を残すような方向ですすめたいと願っています。今後の生活保護行政のよりよい改善を求めています。
その後、奈良市は変わるのか、継続して役所のあり方を注視・監視していただきたいと思っています。
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[弁護団申入書]
2018(平成30)年4月2日
奈良市長 仲川元庸殿
申入書
原告H氏代理人弁護士 古川雅朗
同 西村香苗
同 佐々木育子
同 幸田直樹
私たちは、奈良市を被告とする奈良地方裁判所平成27年(行ウ)第31号 保護変更申請却下処分取消等請求事件、国家賠償請求事件における原告H氏の訴訟代理人団として、次のとおり意見を述べます。
記
奈良市は、本件につき、控訴をするべきではありません。
1 頭書事件についての本年3月27日の奈良地方裁判所の判決では、H氏の通院交通費の平成25年8月以前の遡及分につき、奈良市側がいったんはその支給をすることを表明しながら、後にこれを覆してH氏の申請を却下したことが、「禁反言の法理」の適用によりもはや行政裁量の範囲を逸脱するものとして違法と宣言されました。
「禁反言の法理」は行政関係にも適用され得る法の一般原則であり、あえていうならば子どもでも自然に理解できる社会の当然のルールです。すなわち、行政たるもの、市民に対していったん行政サービスを提供するとの態度を表明し、何らかの教示等を行ったならば、そのような態度をその後に易々と変えてはならないというのはごく当たり前のことであって、このようなことから、申請却下処分の違法を宣言した奈良地裁判決は、もし控訴審においてこの点が争われたとしても、そうそう覆るとは思われません。
2 更にいえば、私たちは、そもそも、奈良市側が当初に表明した「診療のレセプト等で確認できれば、可能な限り遡及して通院移送費の支給を行う」との考えが、むしろ、行政として正しい態度であったと考えます。
奈良市側が通院移送費制度に関する周知文書を生活保護利用者に対し配布したのが平成26年10月ころに至ってであったことは、訴訟上も争いがなく、奈良地裁も判決の当然の前提にしています。本来、的確に保護利用者に周知されるべき通院移送費制度について周知を行っていなかったのはこと奈良市側の問題です。保護変更も申請主義とはいうものの、生活保護制度のすべてについて利用者の側に自ら知っているべきこと、調査して把握すべきことを前提に自発的な申請を求めるのは酷であり、むしろ支援する側が困窮している利用者の目線に立って必要・有益と思われる助言を行うのが福祉のケースワークのあり方であろうと思います。この点、奈良地裁判決は、平成22年通知は実施機関が通院移送費制度に関する周知を怠っている限りはそれまでに発生した交通費につきすべて事後申請を認める趣旨であるとの私たちの主張を必ずしも採用しませんでしたが、しかし、平成22年通知の趣旨如何に関わらず、奈良市は、生活保護利用者に対する的確なケースワークができていなかったという誹りを免れないと私たちは考えます。したがって、この点を認め、可能な限り遡及しての移送費支給を行うとした当初の態度こそが、行政としてあるべき態度だったのです。
つまり、本件は、本来、「最初に誤った教示をしてしまったが、それでも後でそれを撤回・修正してはならない」という事案ではなく、「当初の態度こそが行政としてあるべき態度であったが、形式論に拘泥する余り後に態度を翻したことが違法と断罪された」事案というべきです。奈良地裁判決も、仮に本件が「最初に誤った、本来違法である内容の教示をしてしまったが、それでもいったんこれをしてしまった以上は後でそれを撤回・修正してはならないのか」という事案であれば禁反言の法理の適用を躊躇したと思われますが、そうではなかったということを念押ししておきたいと思います。
3 一方、奈良地裁判決においては、H氏が生活保護受給開始後間もなくからケースワーカーに対し通院に要する交通費の支給如何に関する質問・相談を複数回していたという原告側の主張については、これを奈良市のケースワーカー側がみな否認する供述を行ったということもあり、立証が不十分とされてしまいました。
しかし、H氏から直接聴き取りをし、事実関係を確認した私たち代理人団は、この主張は紛れもない真実であると確信しています。H氏が本当に正直な、実直な人柄であるゆえに、淡々と、質問・相談の日時等の詳細は特定できない旨供述されたことが立証不十分との評価を受けました。しかし、高齢・持病ありゆえに頻繁に通院治療を受けておりしたがって交通費の負担も重かったと思われるH氏が、ただでさえ十分でない生活扶助費からこれを支出することに苦労し、困ったであろうことは、想像に全く難くないところです。H氏は、転居の際の敷金や、眼鏡の購入費用については保護費として支給されないのかとケースワーカーに尋ねていたことはケース記録票にも記載されていますから、通院の際の交通費についても、同様に尋ねたと考える方が全く自然です。他方で、奈良市側の担当ケースワーカーの通院移送費制度に関する知識・理解が本来の制度のあり方に比べて全く不十分・不正確・誤りであったことは、本件訴訟において行われた各ケースワーカーに対する証人尋問結果からも明らかであり(多くの傍聴者は一様にこの点について義憤や失望を感じたとのことです。)、そのようなケースワーカーが、H氏からの質問・相談に対し的確な対応をしなかったであろうことも、ほぼ間違いないものと考えます。
奈良市においては、訴訟上の勝訴・敗訴という結論如何に関わらず、このことを真摯に受け止めていただきたいと思います。
4 これに関連して、証拠保全申立に関する大阪高裁決定(大阪高等裁判所平成28年(行ス)第103号)において指摘された「開示されたケース記録票の不自然さ」の問題についても、目を背けないでいただきたい。
真実は私たちにはわかりませんが、H氏がケースワーカーに対し通院交通費に関する相談をしたはずの時期のみ全く記載がないとされるケース記録票は、大阪高裁決定も「ケース記録にこのような長期間の空白があることは、その間に7日間の入院があることを併せ考えれば、余りに不自然といわなければならない」と述べるとおり、やはり不自然としかいえません。
昨今様々なところで問題が発覚しているような公文書の改ざんや抜取りが奈良市にもあったとは想像したくありませんが、爾後、そのような疑念を抱かせることのないよう、ケース記録票には通しページ・番号を付すなどの改善策を直ちにとるべきです。
5 判決は保護費の支払を義務付けるものであったために、控訴如何は厚生労働省との協議が必要である、ということなのかもしれません。
しかし、仮にそうであれば、奈良市においては、厚生労働省に対し、控訴を断念すべきである旨主張するとともに、むしろ、本件訴訟を機に、改めて、各実施機関に対し、通院のために合理的に必要な交通費については移送費の支給が可能であること、そのことを実施機関は生活保護利用者に対し一般的に周知し、かつ、個別的に教示すべきこと、逆に「原則的には生活扶助費から捻出すべきものである」とか「一定額を超えない限り支給されない」とかいった誤った教示を行うべきでないことを通知して徹底周知し、「現場」の混乱を招かないようにすべきことを進言すべきです。
私たちは、前述のとおり、奈良市においてケースワーカーを担当された職員たちが、不十分・不正確・誤った知識によりH氏に対し苦痛を与えたであろうことを厳しく批判しつつも、個々の職員についての人格非難まで行いたくはありません。根本的には、通院移送費制度に関する厚生労働省のスタンスが「現場」からわかりにくい、あるいは、支給について抑制的であるようにみえる、といったことが問題なのだろうとも考えています。仮にそうであれば、奈良市は、本件を機に、過ちを真摯に振り返ってこれを正すとともに、生活保護行政全体のあり方を改める先頭を走っていただきたい。
6 最後に、H氏は、現在、重篤な疾病により生命の危機にありながらも、「生活保護行政が利用者のためにあってほしい」との思いのもとに、当事者として訴訟を遂行してこられました。保護受給中に通院移送費の支給がなされないばかりに通院治療の受け控えもしたことと、現在の病状の因果関係の有無はわからないにしても、いずれにせよ、市民が命を賭して「正しいこと、あるべきこと」を追及していることに対し、かたちばかりの控訴をして救済を先延ばしにするような、あるいは救済を与えないような不誠実で応えるべきではありません。H氏が存命の間に適切な救済がなされることが当然であり、是非とも必要です。
したがって、私たちは、本件につき、奈良市が控訴しないことを求めます。
以上
[原告声明文]
奈良市通院移送費裁判判決にあたって
2018年3月22日
原告H
一ヶ月約6万円の暮らし。私の悩みや質問、相談について役所はまるでひとごとのように接し、相手を理解しようとしませんでした。
移送費の問題は私だけの問題じゃない、そして移送費だけの問題ではない、受給者・貧困者・対象となりうる市民に対する行政の考え方を改めてほしいと願い多くの支援者に囲まれながら提訴に至りました。奈良市でも見えない小田原ジャンパーを着て職務にあたっていると感じています。
表面上は適当な答えや対応をするが基本的な考え方そのものは、意識しないうちに差別してしまっている、役所という組織が少しでも変われば意義がある、なんとか最後まで頑張りたい。最後を見ることができなくとも最後まで頑張りたい、この後、困っている多くの人たちのためにいい影響力を残すような方向ですすめたいと願っています。今後の生活保護行政のよりよい改善を求めています。
その後、奈良市は変わるのか、継続して役所のあり方を注視・監視していただきたいと思っています。
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