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                       2012(平成24)年6月4日

西成区における生活保護受給者の医療機関等登録制度の撤回を求める要望書


大阪市長 橋下 徹 殿


(要望団体)
生活保護問題対策全国会議,大阪クレジット・サラ金被害者の会(大阪いちょうの会),社会福祉法人聖フランシスコ会ふるさとの家,歯科保健研究会,わたなべ往診歯科,全大阪生活と健康を守る会連合会,特定非営利活動法人ジョイフルさつき,釜ヶ崎キリスト教協友会,釜ヶ崎医療連絡会議,釜ヶ崎高齢者特別就労組合準備会,野宿者ネットワーク,日本福音ルーテル教会「喜望の家」,関西合同労働組合,派遣労働ネットワーク関西,豊中社会保障推進協議会,大阪民主医療機関連合会,
兵庫県精神障害者連絡会,怒っているぞ!障害者切りすて!ネットワーク関西,怒っているぞ!障害者切りすて!全国ネットワーク,和歌山あざみの会,笹島診療所,右京生活と健康を守る会,近畿生活保護支援法律家ネットワーク,北陸生活保護支援ネットワーク福井,特定非営利活動法人自立生活サポートセンター・もやい,全国クレジット・サラ金問題対策協議会,反貧困ネットワーク(以上,総計27団体)



第1 要望の趣旨
   
1 要望の趣旨

 西成区の生活保護受給者について導入しようとしている「医療機関等登録制度」は,過剰診療・過剰処方の抑制につながらない一方,同区の生活保護受給者に限り不合理な受診障壁をもうけることによって,その適切な医療を受ける権利を侵害し,憲法13条,14条,25条の精神にもとるものであるから,導入を撤回されたい。

第2 要望の理由
1 「医療機関等登録制度」の内容
 
 貴市は,重複受診・重複薬剤処方・不必要な訪問診療などを抑制し,適正な医療を確保することを目的とし,西成区の生活保護受給者が受診する医療機関・調剤薬局の登録制度(以下,「本制度」という。)を本年8月1日から実施するとし,既に,同区の生活保護受給者に対する告知を開始している。
 本制度の概要は,判然としない面もあるが,現在明らかにされている「医療機関等登録制度実施要項(案)」や「医療機関等登録証」裏面の説明文等によれば,次のとおりであると理解できる。

① 西成区の生活保護受給者については,原則として,1診療科につき1医療機関,1被保護者につき1薬局を予め「医療機関等登録証」に登録し,医療機関や薬局の利用の際にこれを提示させることによって,登録していない医療機関や薬局の利用を認めない。
② 登録医療機関以外には医療券は発行しないこととし,救急時以外に医療券を持たずに受診したときは自己負担させる場合もある。
③ 主治医の判断で,専門医への受診・検査等が必要な場合には,紹介状等を受け取り,担当ケースワーカーに相談のうえ,担当ケースワーカーの判断で登録内容を変更する。

2 本制度は,西成区の生活保護受給者の医療を受ける権利を侵害し,その生命・健康に害悪を及ぼすおそれが強い
(1)適切な医療を受ける権利の保障 

 世界医師会総会の「患者の権利に関するリスボン宣言」は,すべての人は,差別なしに適切な医療を受ける権利を有すること,すべての患者は,いかなる外部干渉も受けずに自由に臨床上及び倫理上の判断を行うことを認識している医師からケアを受ける権利を有すること,患者は,担当の医師,病院等を自由に選択し,また変更する権利を有すること,患者はいかなる治療段階においても他の医師の意見を求める権利を有することなどを宣言している。また,わが国も批准している国際人権規約A規約(社会権規約)12条1項は,「この規約の締結国は,すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認める」と規定している。これらの権利の保障は,自己決定権(憲法13条),平等原則(同14条),生存権(同25条)を保障した日本国憲法上の要請でもある。
 そして,こうした権利の保障は,生活保護受給者も等しく受けることは当然であるし,西成区の生活保護受給者だけが異なる扱いを受けるいわれのないことも言うまでもない。
 この点,福岡地裁平成21年5月29日判決(確定)も,「医療行為は,人の生命身体に関わる重要なものであるから,本来,患者は,どの病院において,どのような治療,リハビリ等の医療行為を受けるかについて,自ら選択し決定する権利を有するというべきであり,また,その実施にあたっては,医師と患者との信頼関係が極めて重要であることも多言を要しないところである。これらのことは,当該患者が被保護者である場合においても基本的に異なるものではないというべきである。」と判示しているところである。
 ところで,貴市は,本制度の根拠として,生活保護実施要領・医療扶助運営方針3が,「生活保護制度は,国民の最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって,かつ,これをこえないものでなければならないという原則において,他制度と基本的な差異がある」としていることを挙げている。
 しかし,同運営方針2は,「疾病が貧困の主たる原因の一つとなっている現状にかんがみて,特に,医療扶助の実施については,(略)制度の基本原理及び原則に基づき公正妥当な取扱いを行うよう留意すること」としているのであって,生活保護受給者の受ける医療がその他の市民の受ける医療よりも低劣であっても良いということはどこにも述べられていない。平成22年3月30日付厚生労働省社会・援護局保護課長通知が,「生活保護法による医療扶助における指定医療機関の診療方針及び診療報酬については,国民健康保険の診療方針及び診療報酬の例によって」いるとしているのも,生活保護利用者も一般市民と同様の医療を受ける権利が保障されることが当然の前提とされているからである。

(2)手間が増えること自体による受診抑制の危険性  
 本制度では,登録証に登録されていない医療機関や薬局を利用するためには,主治医の紹介状等を得,担当ケースワーカーに相談して承認を得,登録証の記載を変更してもらったうえで,医療券を発行してもらう必要がある。現在の実務よりも相当な手間・ハードルが増え,時間を要することになる。こうした「手間」は,認知症の高齢者,精神疾患や知的障害を持つ者にとってはもちろんのこと,自己主張や対人交渉が不得手であることの多い生活保護受給者にとっては極めて大きなハードルとなり得る。
支援団体等の支援を得られる者は良いが,そうでない多くの者は,こうした「手間」をこなすことができないことから,本来,必要な受診を抑制し,病状を悪化させることが大いに懸念される。

(3)過度の医療機関・薬局のとりまとめの危険性  
 例えば,同じ内科系でも,循環器,消化器,呼吸器などに複数の疾病を抱えている患者も少なくなく,医療機関側も疾病ごとに専門分野があるので複数の医療機関に通院している場合も多い。
したがって,1診療科1医療機関に限定することの合理性自体が乏しいのであるが,本制度が導入されると,例えば,循環器についてはA病院,消化器についてはB病院,呼吸器についてはC病院を受診している場合に,A病院ですべての疾患について一応受診が可能であれば,受診医療機関をA病院にとりまとめるよう指導がなされるおそれがある。
 1被保護者1薬局に限定することの合理性はさらに乏しい。例えば,内科・整形外科はA病院,精神科は離れた場所にあるB病院に通院している患者は,それぞれの病院の近くにある薬局で処方を受けるのが通常である。しかし,精神科への通院頻度の方が多いことから,B病院近くの薬局に一本化してもらうことになると担当ケースワーカーから言われたという例が既に出ている。そうすると,患者は,A病院に通院した日にも,わざわざB病院近くの薬局まで処方薬をもらいに行かなければならないうえ,精神科の近くにある薬局が,内科や整形外科等に関する処方薬を問題なく取りそろえているとも限らない。
 さらに,上記の例で言うと,A病院は総合病院で精神科もあることから,精神科についてもA病院を受診するよう言われるという,本制度の趣旨さえ逸脱した過度の医療機関のとりまとめの動きも既に出ている。

(4)転院やセカンドオピニオンを受けることができなくなる  
 例えば,ある病院に通院しているが一向に症状が改善せず,主治医の判断が信頼できない場合,患者は,別の病院の医者の意見(セカンド・オピニオン)を聞き,場合によっては,受診先そのものを変更する。特に,精神科では,患者と医師の「相性」が重要であり,患者は信頼できる医師に巡り会うまで転院を繰り返すことが少なくないが,これは他の診療科においても多かれ少なかれ同様であり,こうした行動が保障されることが,より適切な医療を受ける得ることにつながる。
 しかし,本制度では,登録されている以外の医療機関を受けようとする場合には,主治医の紹介状等が必要とされているところ,上記のように患者が主治医を信頼できない場合に主治医から紹介状を書いてもらうことなどできない。

(5)小括  
   以上のとおり,本制度は,不合理な受診障壁をもうけることによって受診抑制を招くおそれが強いこと,過度の医療機関・薬局のとりまとめによって適切な医療を受けられなくなるおそれがあること,新たな病院へのフリーアクセスやセカンドオピニオンを求めることが阻害されることなどから,西成区の生活保護受給者に限って合理的な理由なく,その適切な医療を受ける権利を侵害するものであり,憲法13条,14条,25条の精神にもとるものと言わなければならない。

3 条例によらず「実施要綱」によって権利制限を行うことの違法性

 上記のとおり,本制度は,生活保護受給者の適正な医療を受ける権利を制約するものであるから,正当な根拠があると仮定したとしても,少なくとも条例等の法規によらなければならない。しかし,本制度は,本来,行政機関内部の基準に過ぎない実施要項によって,これを実現しようとする点において,極めて大きな問題がある。
 最高裁昭和60年7月16日判決が,「(市民が)行政指導には応じられないとの意思を明確に表明している場合には,かかる明示の意思に反してその受忍を強いることは許されない」と判示しているとおり,要綱は法規ではあり得ず法的拘束力を伴わないものであり,それに従わないことそのものを理由として当該市民に不利益を課すことは許されないのである。この点は,行政手続法32条2項が,「行政指導に携わる者は,その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として,不利益な取扱いをしてはならない。」と明記している。
 したがって,仮に西成区内の生活保護受給者が,医療機関等登録証を持参せずに,同登録証に記載のない医療機関を受診しようとしたとしても,そのことを理由として,当該受給者に医療券を発行せず,受診をさせないという不利益を課すことは,行政手続法32条に違反し許されない。このように,強制することが違法となることがらを要綱によって事実上強制しようとする本制度は,その根幹において論理矛盾があり,到底容認できない。

4 制度創設の合理的理由に乏しい
(1)大阪市と西成区の医療扶助費は問題視すべき割合ではない  
 保護費総額のうち医療扶助費が占める割合は,大阪市では,平成11年度の59.2%から平成22年度の45.0%に大きく減少しており,平成22年度の全国の割合47.2%よりも低い。そして,同年の西成区の割合は,43.4%であって,さらに低い。このように全国的にみて,大阪市(とりわけ西成区)の医療扶助費の割合は問題視する数字ではない。
 大阪市の医療扶助費の割合が大きく減少してきたのは,緊急入院保護業務センターの月平均延べ入院人数と保護費総額が,平成16年度の2293人・約146億円から1039人・約74億円に半減したことに起因している。これは,従前,ホームレスの人に対してはアパートでの居宅保護が適用されず,社会的入院を余儀なくされていたものが,ここ数年の間に居宅保護の適正な適用が進み,社会的入院が大幅に解消されつつあることによるものと考えられる。

(2)重複受診・重複服薬の規模が明らかでない  
 本制度の目的は,「重複受診・重複薬剤処方・不必要な訪問診療などを抑制し,適正な医療を確保すること」とされているが,このような不適正な受診行動がどの程度の規模で生じているかのデータは乏しく,平成24年2月の「(仮称)医療機関等登録制度の実施について」と題する文書には,「最近の新聞等による報道にもありますように,一部受給者によります重複受診や複数医療機関を利用しての重複服薬が問題視されております。」と記載されていることからすると,客観的なデータに基づいて本制度の必要性が認識されたわけではなさそうである。厚生労働省が平成22年9月に発表した緊急サンプル調査の結果によっても,後に述べる処方薬依存による過剰処方が一定数予想される精神科に限って,4万2197人の通院レセプトを抽出調査した結果でも,不適切な受診とされたのは4.2%の1797人にとどまっている。
 そうすると,西成区の生活保護受給者による重複受診等の規模が明らかでないままに,同区内の全受給者について一律に本制度を導入することの必要性・合理性もまた不明確であると言わざるを得ない。

(3)本制度という手段を採用することに合理性がない  
 仮に,過剰診療・過剰処方が一定数存在するとしても,本制度という手段を採用することによって,過剰診療等が抑制されることとなるのかについても疑問がある。
 過剰診療・過剰処方については,受給者の側に意図的な悪意がある場合は少なく,医療機関等の側が経営的理由から行っている場合や,患者が処方薬依存になってしまっている場合が多いと思われる。後者の場合も,多くの医師が依存症についての知識や警戒心のないまま,さまざまな依存性薬物を処方し続けることによって「常用量依存」を発症し,減薬や服薬中止をすると,不安,焦燥感,気分の落ち込み,頭痛,発汗,手足のしびれ,離人感,動機,嘔吐などの退薬症状を呈することによるものであるので,ここでも,問われているのは医療のあり方である。
 1箇所で大量の依存性薬物を処方する医療機関も少なくないことからすれば,お酒を買う酒屋を1軒に限っても,アルコール依存症は治らないのと同様に,受診先を1箇所に限定することでは過剰診療や処方薬依存に対する効果は乏しいと言わざるを得ない。

(4)過剰診療等の抑制は,より実質的な効果のある別の方法によるべきである  
ア 厚生労働省が提示している諸施策
 過剰診療等の抑制のためには,厚生労働省が,既に次のような様々な施策を提示している(平成24年3月1日付同省社会・援護局関係主管課長会議資料37頁以下)。
 過剰診療等の抑制を考えるのであれば,まずはこういった諸施策を積極的に実施するべきであり,そうすれば相応の効果が見込まれる。

① 電子レセプトを活用したレセプト点検の強化
 「医療扶助適正化に関する電子レセプト活用マニュアル」(平成24年1月配布)に基づき,レセプト点検を強化することで,頻回受診者,向精神薬重複処方者などの適正化対象者を抽出するとされている。まずは,その実施により過剰診療等の疑いのある者を的確に把握することが対策の出発点である。
② 医療扶助相談・指導員(仮称)の配置
  厚労省案では,後発医薬品の利用促進に主眼が置かれ,ケースワーカーOB等でもよいとされているが,薬剤師・看護師・保健師等の医療専門職を医療相談担当者として各福祉事務所に配置し,不適切な受診行動を行っている者に対する助言指導も担わせるとよい。
③ 指定医療機関に対する効果的・効率的な指導
  電子レセプト等を活用して,生活保護受給者に関する1件あたりの請求金額が高い等突出しているケースについて,重点的にレセプトを個別に内容審査し,請求内容に問題の疑いがある医療機関に対しては重点指導を実施するとされている。

イ そのほかに考えられる施策
上 記以外に西成区独自に試行的な施策を実施し,より効果を上げようというのであれば,次のような施策を検討すべきである。

① より一層の社会的入院解消の促進
 先に述べたとおり,社会的入院の解消は,医療扶助費の削減に大きな効果を及ぼすものであるから,元野宿生活者等の入院患者のうち居宅生活が可能な者について,必要な在宅での支援体制を整えながら居宅保護への変更手続をし,より一層の退院促進策を講じるべきである。
② 釜ヶ崎(あいりん地域)に医療相談室を設置
 医療扶助相談員が西成区役所に置かれたとしても釜ヶ崎とは遠いので,釜ヶ崎地域に医療相談室を設置し,医療扶助相談員として薬剤師・看護師・保健師を常駐させる。
③ 専従医師による疑義医療機関との協議
 レセプトチェックによって診療・処方内容に疑義の生じた医療機関について,医師が出向いて,診療・処方内容等について協議する。間接的に過剰診療等を抑止する効果は大きいと思われる。
④ お薬手帳の活用による処方薬の把握
 生活保護受給者には,1冊のお薬手帳を必ず持ってもらうことにより,重複受診・重複処方を抑制することも考えられる。


5 まとめ
 以上のとおり,本制度は,それを実施したとしても制度目的である過剰診療・過剰処方を抑制する効果は乏しい一方で,生活保護を受給する患者の適切な医療を受ける権利を侵害し,その生命や健康に悪影響を及ぼすおそれが強い。まして,西成区内の生活保護受給者についてのみ,こうした権利制限を及ぼすことの合理的根拠などはなく,法の下の平等に違反する。
 本制度の実施により,結果的に西成区の医療扶助費が減少する可能性はあるだろう。しかし,それは,過剰診療・過剰処方が抑制された結果ではなく,登録制度という受診障壁をもうけることによる受診抑制の結果である。
生活保護受給者の命と健康を削ることによって医療扶助費を削減することが人道にもとることは明かである。
 私たちは,本制度の実施撤回を強く求める。

                   以 上


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