「生活保護基準部会の報告書とりまとめにあたっての緊急声明」を発表しました。
1 はじめに
5年ごとに生活保護基準のあり方を議論する社会保障審議会生活保護基準部会(以下「部会」という。)が2021年4月27日から開かれてきたところ、2022年11月22日の第50回部会において、「社会保障審議会生活保護基準部会報告書(案)」(以下「報告書案」という。)が示された。12月6日に予定されている第51回部会において、この報告書案の内容で取りまとめが行われるとすれば、これまでの数次にわたる引下げによって損なわれてきた「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」という生活保護基準の機能が更に損なわれるおそれがある。
そこで、私たちは、報告書案の問題点を指摘し、その問題性を広く周知するために本緊急声明を発出することとした。
2 異例な物価高騰に対応し生活保護基準を引き上げるべきこと
総務省が2022年11月18日に発表した10月の消費者物価指数(生鮮食品を除いたもの)は前年同月比で3.6%も上昇した。これは1982年2月以来40年ぶりの大幅な上昇率となっている。このような物価の大幅な上昇は今年の夏以降続いてきたもので、食料品が大きく値上がりしたほか、ガス代や電気代なども上昇した。生活保護利用者を含む低所得世帯は食料品等への支出が家計に占める割合が高いため、このたびの物価上昇の影響を特に強く受けている。とりわけ、生活保護利用者は、度重なる生活保護基準の引下げに遭っているだけでなく、2013年からの史上最大(最大10%、平均6.5%)の生活扶助基準引下げがなされ、これについては、大阪、熊本、東京、横浜の地方裁判所において違法判決が言い渡されていることが重要である。すなわち、既に「最低限度の生活」以下の生活を強いられていたうえに、急激な物価高騰によって生活保護利用者の購買力はより一層低下しているのである。現に、10月22日に実施した「いのちと暮らしを守る何でも電話相談会」には、「今の生活保護費では生活していけない」という生活保護利用者からの悲鳴のような訴えが多数寄せられた。
しかし、報告書案の検証は、全国家計構造調査(旧 全国消費実態調査)の2019年調査の結果を用いて行われており、目下の歴史的な物価上昇については全く考慮されていない。
そこで、報告書案においても、今年夏以降の物価の大幅な上昇に言及し、これに対応する緊急的な生活保護基準の引上げ措置について提言をすべきである。過去には、「狂乱物価」と言われる激しい物価上昇が続いた1973年から1974年にかけて、生活保護基準を年度途中で引き上げる措置が講じられたことがあったが、同様の措置を講じることが切実に求められている。
3 下位10%の低所得世帯との比較という手法から脱却し、新たな検証手法を確立する気概を見せるべきこと
報告書案は、「生活扶助基準の水準に関する評価・検証に当たっては、一般低所得世帯の消費実態との均衡が適切に図られているかという観点から検証を行うことが基本となる」(8ページ)とした上で、「年収階級第1・十分位における生活扶助相当支出額」を比較対象として設定している(11ページ)。
しかし、第1・十分位層(下位10%の低所得層)には生活保護利用者や生活保護基準以下の生活をしている者が含まれているため、これを比較の対象にすると際限のない生活保護基準の引下げを招く危険がある。
この点については、平成29年の生活保護基準部会報告書も「一般低所得世帯との均衡のみで生活保護の水準を捉えていると、比較する消費水準が低下すると絶対的な水準を割ってしまう懸念があることからも、これ以上下回ってはならないという水準の設定について考える必要がある」と指摘していたことを踏まえ(報告書案33ページ)、本報告書案においても「一般低所得世帯との均衡のみで生活保護基準の水準を捉えていると、 比較する消費水準が低下すると絶対的な水準を割ってしまう懸念があることから、消費実態との比較によらない手法によって、その下支えとなる水準を明らかにする取組は重要である」としているところである(35ページ)。
引下げのスパイラルを止めるためには、第1・十分位層の消費実態との比較という手法を生活保護基準の検証の基本とするという、報告書案のスタンスそのものを撤回し、MISなど、「消費実態との比較によらない手法によって、これ以上下回ってはならない絶対水準を明らかにする手法」を早急に確立する必要があり、その気概を見せるべきである。とりわけ、「新たな検証手法の開発」は2012年検証のときから「喫緊の課題」と指摘され続けて既に10年が経過しており、厚生労働省の職務怠慢を指摘されてしかるべき状況であるうえ、これを行えば保護基準の引上げにつながり得ることから敢えて検討を行わなかったとの批判を免れない。
ところで、今般の検証では、その第1・十分位層との比較においても、夫婦子1人世帯の生活扶助基準の方が約2%低いという結果になっていることからすれば(報告書案16ページ)、最低限、夫婦子1人世帯の生活扶助基準が2%増額されるような方向での基準改定がなされるべきである。
4 級地の統合については、その具体的方法や影響について基準部会における専門的検証が必要不可欠であること
生活保護基準はこれまで「1級地の1」から「3級地の2」までの6区分で設定されてきた。
この点、現行の6区分から3区分に再編することが既定路線であるかのような報道も見られるが、報告書案(44ページ)は「階級数については6区分とする必要があるという結果は得られなかったことを確認した」としているだけで、部会において、積極的に3区分とすべきであるという結論は得られていないし、そもそも部会において級地の統合についての議論はほとんど行われていない。
仮に、枝番を廃止することで6区分を3区分に統合するとすれば、基準額表の改定が行われることが不可避である。そうなれば、各生活保護利用者が受ける保護費に影響が生じることになるが、当会議が、2021年8月19日付け「更なる生活扶助基準の引き下げをもたらす「級地」の見直しに反対する緊急声明」で指摘したとおり、統合後の基準額が枝番1と2の中間に設定されると、大多数を占める都市部の生活保護利用世帯の基準額が下がり、全体としての保護費も削減される結果となる。
部会が設けられている趣旨は、生活保護基準が、生活保護利用者だけではなく低所得者にも与える影響が大きいことから、専門的知見を踏まえた慎重な検討を行い、それを実際の生活保護基準の改定に反映させることにある。だとすれば、級地の統合についても、6区分が妥当でないとしても、何区分に統合するのか、統合後の基準をどのあたりに設定するのかについて、部会における専門的な検証を行うことが必要不可欠である。仮に、こうした検証抜きに、級地の統合と基準額表の見直しが行われれば、それは、「統計等の客観的数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性」を欠くこととなり、老齢加算訴訟最高裁判決の規範に照らせば、違法であると判断されることになる。
来年度の級地の見直しについては、これによって受給額が引き下げられる世帯が出ることになれば、健康で文化的な最低限度の生活が級地の見直しを理由に更に引き下げられることになるが、そのようなことはあってはならない。また、物価高を考慮した与党内からの慎重論も踏まえて見送られる方向と報じられているところであるが、報告書案においても、級地区分の統合については、統合の具体的方法やその影響についての専門的検証を部会において引き続き行う必要があり、現時点で行うべきでないことを明記すべきである。
印刷版(PDF)のダウンロードはこちらから
2022年12月5日
生活保護基準部会の報告書
とりまとめにあたっての緊急声明
とりまとめにあたっての緊急声明
生活保護問題対策全国会議
代表幹事 尾藤廣喜
〒530-0047 大阪市北区西天満3丁目14番16号
西天満パークビル3号館7階あかり法律事務所
電話06‐6363-3310 fax06‐6363-3320
事務局長 弁護士 小久保 哲 郎
代表幹事 尾藤廣喜
〒530-0047 大阪市北区西天満3丁目14番16号
西天満パークビル3号館7階あかり法律事務所
電話06‐6363-3310 fax06‐6363-3320
事務局長 弁護士 小久保 哲 郎
1 はじめに
5年ごとに生活保護基準のあり方を議論する社会保障審議会生活保護基準部会(以下「部会」という。)が2021年4月27日から開かれてきたところ、2022年11月22日の第50回部会において、「社会保障審議会生活保護基準部会報告書(案)」(以下「報告書案」という。)が示された。12月6日に予定されている第51回部会において、この報告書案の内容で取りまとめが行われるとすれば、これまでの数次にわたる引下げによって損なわれてきた「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」という生活保護基準の機能が更に損なわれるおそれがある。
そこで、私たちは、報告書案の問題点を指摘し、その問題性を広く周知するために本緊急声明を発出することとした。
2 異例な物価高騰に対応し生活保護基準を引き上げるべきこと
総務省が2022年11月18日に発表した10月の消費者物価指数(生鮮食品を除いたもの)は前年同月比で3.6%も上昇した。これは1982年2月以来40年ぶりの大幅な上昇率となっている。このような物価の大幅な上昇は今年の夏以降続いてきたもので、食料品が大きく値上がりしたほか、ガス代や電気代なども上昇した。生活保護利用者を含む低所得世帯は食料品等への支出が家計に占める割合が高いため、このたびの物価上昇の影響を特に強く受けている。とりわけ、生活保護利用者は、度重なる生活保護基準の引下げに遭っているだけでなく、2013年からの史上最大(最大10%、平均6.5%)の生活扶助基準引下げがなされ、これについては、大阪、熊本、東京、横浜の地方裁判所において違法判決が言い渡されていることが重要である。すなわち、既に「最低限度の生活」以下の生活を強いられていたうえに、急激な物価高騰によって生活保護利用者の購買力はより一層低下しているのである。現に、10月22日に実施した「いのちと暮らしを守る何でも電話相談会」には、「今の生活保護費では生活していけない」という生活保護利用者からの悲鳴のような訴えが多数寄せられた。
しかし、報告書案の検証は、全国家計構造調査(旧 全国消費実態調査)の2019年調査の結果を用いて行われており、目下の歴史的な物価上昇については全く考慮されていない。
そこで、報告書案においても、今年夏以降の物価の大幅な上昇に言及し、これに対応する緊急的な生活保護基準の引上げ措置について提言をすべきである。過去には、「狂乱物価」と言われる激しい物価上昇が続いた1973年から1974年にかけて、生活保護基準を年度途中で引き上げる措置が講じられたことがあったが、同様の措置を講じることが切実に求められている。
3 下位10%の低所得世帯との比較という手法から脱却し、新たな検証手法を確立する気概を見せるべきこと
報告書案は、「生活扶助基準の水準に関する評価・検証に当たっては、一般低所得世帯の消費実態との均衡が適切に図られているかという観点から検証を行うことが基本となる」(8ページ)とした上で、「年収階級第1・十分位における生活扶助相当支出額」を比較対象として設定している(11ページ)。
しかし、第1・十分位層(下位10%の低所得層)には生活保護利用者や生活保護基準以下の生活をしている者が含まれているため、これを比較の対象にすると際限のない生活保護基準の引下げを招く危険がある。
この点については、平成29年の生活保護基準部会報告書も「一般低所得世帯との均衡のみで生活保護の水準を捉えていると、比較する消費水準が低下すると絶対的な水準を割ってしまう懸念があることからも、これ以上下回ってはならないという水準の設定について考える必要がある」と指摘していたことを踏まえ(報告書案33ページ)、本報告書案においても「一般低所得世帯との均衡のみで生活保護基準の水準を捉えていると、 比較する消費水準が低下すると絶対的な水準を割ってしまう懸念があることから、消費実態との比較によらない手法によって、その下支えとなる水準を明らかにする取組は重要である」としているところである(35ページ)。
引下げのスパイラルを止めるためには、第1・十分位層の消費実態との比較という手法を生活保護基準の検証の基本とするという、報告書案のスタンスそのものを撤回し、MISなど、「消費実態との比較によらない手法によって、これ以上下回ってはならない絶対水準を明らかにする手法」を早急に確立する必要があり、その気概を見せるべきである。とりわけ、「新たな検証手法の開発」は2012年検証のときから「喫緊の課題」と指摘され続けて既に10年が経過しており、厚生労働省の職務怠慢を指摘されてしかるべき状況であるうえ、これを行えば保護基準の引上げにつながり得ることから敢えて検討を行わなかったとの批判を免れない。
ところで、今般の検証では、その第1・十分位層との比較においても、夫婦子1人世帯の生活扶助基準の方が約2%低いという結果になっていることからすれば(報告書案16ページ)、最低限、夫婦子1人世帯の生活扶助基準が2%増額されるような方向での基準改定がなされるべきである。
4 級地の統合については、その具体的方法や影響について基準部会における専門的検証が必要不可欠であること
生活保護基準はこれまで「1級地の1」から「3級地の2」までの6区分で設定されてきた。
この点、現行の6区分から3区分に再編することが既定路線であるかのような報道も見られるが、報告書案(44ページ)は「階級数については6区分とする必要があるという結果は得られなかったことを確認した」としているだけで、部会において、積極的に3区分とすべきであるという結論は得られていないし、そもそも部会において級地の統合についての議論はほとんど行われていない。
仮に、枝番を廃止することで6区分を3区分に統合するとすれば、基準額表の改定が行われることが不可避である。そうなれば、各生活保護利用者が受ける保護費に影響が生じることになるが、当会議が、2021年8月19日付け「更なる生活扶助基準の引き下げをもたらす「級地」の見直しに反対する緊急声明」で指摘したとおり、統合後の基準額が枝番1と2の中間に設定されると、大多数を占める都市部の生活保護利用世帯の基準額が下がり、全体としての保護費も削減される結果となる。
部会が設けられている趣旨は、生活保護基準が、生活保護利用者だけではなく低所得者にも与える影響が大きいことから、専門的知見を踏まえた慎重な検討を行い、それを実際の生活保護基準の改定に反映させることにある。だとすれば、級地の統合についても、6区分が妥当でないとしても、何区分に統合するのか、統合後の基準をどのあたりに設定するのかについて、部会における専門的な検証を行うことが必要不可欠である。仮に、こうした検証抜きに、級地の統合と基準額表の見直しが行われれば、それは、「統計等の客観的数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性」を欠くこととなり、老齢加算訴訟最高裁判決の規範に照らせば、違法であると判断されることになる。
来年度の級地の見直しについては、これによって受給額が引き下げられる世帯が出ることになれば、健康で文化的な最低限度の生活が級地の見直しを理由に更に引き下げられることになるが、そのようなことはあってはならない。また、物価高を考慮した与党内からの慎重論も踏まえて見送られる方向と報じられているところであるが、報告書案においても、級地区分の統合については、統合の具体的方法やその影響についての専門的検証を部会において引き続き行う必要があり、現時点で行うべきでないことを明記すべきである。
以 上

2022/12/5