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2012年6月7日
「餓死」「孤立死」根絶のための提言
全国「餓死」「孤立死」問題調査団
2012年初頭から、我が国において餓死・孤立死が頻発する異常な事態となっている(新聞報道確認されただけでも、2012年1月~4月の間で13件。末尾【参考】参照)。
本提言は、GDP世界第3位を誇る経済大国において、このような事態が起きる原因を可能な限り明らかにし、餓死・孤立死を根絶するための提言を行うものである。
第一 提言の趣旨(骨子)
1 全事件に関する徹底した調査の実施
2 生活保護の漏給防止策の徹底(水際作戦の根絶と広報の強化)
3 ライフライン業者等との連携強化による緊急対応
4 リスク層に対する積極的アプローチ
5 行政内部での連携の強化と十分な要員配置・専門性の向上
第二 提言の趣旨(詳細)
1 全事件に関する徹底した調査の実施
当調査団は、餓死・孤立死が発生した6自治体(①札幌市白石区、②さいたま市北区、③立川市、④東京都台東区、⑤釧路市、⑥南相馬市)に対して公開質問状を発し、各自治体の回答を得た(別紙参照)。各事件は、それぞれの形態(家族構成、高齢者の有無、障害の有無程度、行政との関わり、生活保護申請の有無等)も異なり、個別の事件特有の要因もあると考えられる。しかし、共通する特徴として、いずれのケースも複数世帯(その多くは稼働年齢層を含む)であり、従来、孤立死のリスクが高いと見られていた単身高齢世帯以外にも餓死・孤立死のリスクが高まっていることが窺われる。
厚生労働省は、これまでも地域社会から孤立死を生み出さないことなどを目的として、「孤立死防止推進事業(孤立死ゼロ・プロジェクト)」、「地域福祉活性化事業」、「地域福祉等推進特別支援事業」、「安心生活創造事業」などを実施している。にもかかわらず、餓死・孤立死の悲劇が後を絶たないことからすれば、これらの施策においては、住民によるコミュニティ活動の活性化や、住民による新たな支え合いなどの「共助」が強調され、国や自治体の責任が曖昧にされていることから、事業の質や量に問題がある疑いも強い。
いずれにせよ、同種の悲劇を繰り返さないためには、国が所管自治体と連携をし、全事件について徹底した調査を行い、それを踏まえて再発防止策を構築するべきである。
2 必要とする人が漏れなく生活保護を受けられるようにすること
(生活保護の漏給防止策の徹底)
(1)「水際作戦」の根絶
①の札幌市白石区のケースでは、姉が、平成22年6月、平成23年4月及び6月の3回にわたって福祉事務所に生活保護の相談に訪れているにもかかわらず、生活保護の受給に至っていない。
当該世帯の最低生活費は184,720円であるのに対し、少なくとも3回目の相談時点の収入は妹の障害年金月額66,008円のみである。約12万円も最低生活費を下回っているうえ、家賃・公共料金の滞納もある明らかな要保護世帯であった。生活保護申請をする者は申請意思を明確に示すことすらできないこともままあるから、「申請する」という直接的な表現によらなくとも申請行為があったと認められる場合があるところ(福岡地裁小倉支部平成23年3月29日判決)、姉は「生活していけない」と生活保護の相談を持ちかけている以上、申請行為はあったと言える。
一般に福祉事務所職員には、生活保護の相談に訪れた者に対して、保護申請権の存在を助言・教示のうえ、申請意思を確認すべき法的義務があるが、本件の面接員は、当該世帯が要保護であることを明確に認識している以上、より高度の保護申請権の助言・教示義務、申請意思確認義務が認められる。
にもかかわらず、「高額家賃について教示。保護の要件である懸命なる求職活動を伝えた」と記録されていることからすると、①本来保護を否定する理由とはならない住宅扶助基準額を超えたアパートに居住していることを問題視し、②保護の開始要件でもない「懸命なる求職活動」を要件であると説明したものと推認される。
そうすると、姉から生活保護の申請があったにもかかわらず、職員は、当該世帯の要保護性の高さを十分に認識しながら、上記①②の点について法的に誤った教示・説明を行い、保護の要件を欠くものと誤信させ、保護申請を断念させたものと言える。申請権侵害があったことが明らかであり、しかも、その違法性の程度は極めて高いと言わざるを得ない。
同様の悲劇の再発を防ぐためには、違法な申請権侵害があったことを率直に認めたうえで、①すべての福祉事務所の窓口の誰もが手に取れる場所に生活保護申請書を備え置くこと、②相談の最初に保護申請書を示し、生活保護は誰でも無条件に申請する権利があること、原則として申請に基づいて開始されるものであること、申請があれば原則として14日以内に要否判定をし書面による決定がなされることなどを記載した説明文書を交付したうえで助言・教示するなどの再発防止策を講じるべきである。
(2)生活保護制度の広報の強化
情報が限られているため、厳密な判定は困難であるが、その余のいずれのケースも、ライフラインの利用料や家賃の未払いを経ていることからすると、生活保護の利用要件を満たす困窮家庭であった可能性が高いのではないかと思われる。生活保護制度の利用によって、経済的な生活の基盤が確保されていれば最悪の事態は防げた可能性が高いと思われる。
しかし、⑥では実際に生活保護の窓口に相談に赴いているが受給につながっておらず、それ以外のケースでは相談にさえ行っておらず、生活保護が利用できることを知らなかったか、利用することに対する抵抗感があったのではないかと推察される。
日本の生活保護の捕捉率は2~3割程度と極めて低く、その利用率(1.6%)も先進諸外国(独9.7%、英語9.3%、仏5.7%)と比べると異常に低い。悲劇の背景には、本来利用すべき人が生活保護制度を利用できていないという、膨大な「漏給」層の存在があると言わざるを得ない。
近時、生活保護制度を巡っては、不正受給防止のキャンペーンのみが強調される傾向にあるが、生活保護制度が誰もが生活に困った場合の有力な救済手段であることについても、市民に広報を徹底し、その利用を促進すべきである。
(3)適切な「生活支援戦略」(2012年秋)の策定
国が2012年2月17日に閣議決定した「社会保障・税一体改革大綱」では、生活困窮者対策と生活保護制度の見直しについて、総合的に取り組むための「生活支援戦略」を2012年秋を目途に策定することとされている。そのうち後者については、①不正受給対策を強調し警察官OBを福祉事務所に積極配置すること、②生活保護基準を引き下げること、③稼働年齢層に対して期間を定めた集中的な就労指導を行うことなど、財政的観点からの給付抑制策が目立つ。
しかし、上記のように現状でさえ、必要とする人々に生活保護制度が全く行きわたっていないのに、さらに制度を切縮める方向での改革が実施されれば、ますます餓死・孤立死などが増えるという悲劇的な結果を招くことが明らかである。
「生活支援戦略」の策定にあたっては、上記のような生活保護制度を切縮める方向での検討や取りまとめは断じて行うべきではない。社会保障審議会の「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」の検討課題にあがっている、生活困窮者・孤立者の早期把握、伴走型支援、多様な就業機会の確保等の諸施策の充実こそが図られるべきである。
3 ライフライン業者などとの連携強化による緊急対応
餓死・孤立死に至る過程では、ほとんどの場合、ライフラインの途絶という経過をたどっている。この点について、厚生労働省は、生活困窮から電気・ガス・水道料金等の滞納により、ライフラインが止められ、死亡に至るという事態の発生を防ぐため、電気等の供給停止に際して、電気・ガス等の事業者と福祉事務所が連携を強化し、要保護者の発見・把握に努めるよう促す通知を5回にわたって発出し(平成12年4月13日付、平成13年3月30日付、平成22年10月1日付、平成23年7月8日付、平成24年2月23日付)、資源エネルギー庁も事業者に対して同種の通知を発出しているが(平成14年4月23日付)、今回の事態をみると、ほとんど実効性が上がっていないと言ってよい。
個人情報保護法が「壁」になっているという見方も示されているが、「個人情報」の保護を理由に「人命」が失われるような事態は、本末転倒であって法の趣旨に反する。
個人情報保護法上の問題点については、①標準約款や標準契約書に同意条項を入れ込むことによって、同法16条1項、23条1項の「あらかじめの同意」を得ること、②一定の要件を満たす場合(例えば、滞納が数か月続き、近々供給停止が見込まれる場合等)には、同法16条3項2号、23条1項2号にいう「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。」に該当すると解釈すること、③同法第23条2項(オプトアウト制度)を活用することなどによって、クリアすることが十分に可能と解される。
そして、こうした情報の提供については、電気、ガス、水道等のライフライン事業者だけでなく、不動産賃貸業者、介護保険事業者、郵便配達員、新聞配達業者、ヤクルト配達業者、配食業者等との連携の構築も重要である。
この点、消費者庁は、本年4月26日付け事務連絡において、上記②の点について自治体消費者行政担当課等に対して通知したが、具体的な解釈指針は示されていない。①③の点も含めて、事業者の不安を払拭しうる具体例も例示した指針を通知等の形式で発出することが必要不可欠である。
4 「リスク層」に対する積極的アプローチ
本来は、ライフライン等の料金滞納等に至る前段で、そのようなリスクの高い市民に対して、行政機関の側が積極的にアプローチし、生活保護をはじめ関連する福祉サービス情報を個別に提供し、諸制度の活用による安心、安全な生活を保障することが必要である。
この意味で、東京港区での取り組みは注目される。同区では、一人暮らし高齢者の中から、介護保険や区の福祉サービスの認定は受けているが利用がない方、生活保護を受けていない方(港区では生活保護水準未満の一人暮らし高齢者が32%を占めている)、後期高齢者の中で1年以上の未受診者、ライフライン停止などの緊急性のある方を対象にして、2012年度から区を5地区に分け、各地区の「ふれあい相談室」に各2名配置された「ふれあい相談員」が対象世帯を訪問して必要なサービスにつなぐ活動を行っている。孤立した市民を行政の側が発掘して福祉サービスなどにつなげるシステムを構築したすぐれた取組といえよう。
5 行政内部での連携の強化とケースワーカー等福祉関係職員の十分な配置と専門性の向上
(1)行政内部での連携の強化(情報の共有化と迅速な対応)
一連の事件のほとんどにおいて、世帯員の中に障害者(児)がいたり(①③)、高齢者がいて(③④⑤⑥)、障害に係る年金や手当を受給していたり、要介護認定を受けたりしている。こうした世帯においては、その困窮状態を行政内の障害所管部署や地域包括支援センターが把握できた可能性があり、行政内部において情報の共有化と連携が行われて、たとえば生活保護所管課において生活保護の適用がなされていれば悲劇を防げたと思われる。
「縦割り行政」の弊害に加え、個人情報保護を口実にした情報の非共有化や、もともとの生活保護などのサービス抑制が、事件を引き起こしたり深刻化させている可能性があり、行政内部における連携の強化と、生活保護の積極的な適用が必要不可欠である。
(2)生活保護ケースワーカーをはじめとする十分な職員配置と専門性の向上
ア 生活保護ケースワーカー
生活保護の運用を改善するためには、ケースワーカーの増員、専門化の推進を進め、ケースワーカーが迅速かつ効果的に生活保護の来談者および利用者の問題に対処できる体制づくり等も進めるべきである。
厚生労働省の『平成21年 福祉事務所現況調査』によれば、生活保護担当現業員(ケースワーカー)の配置標準数に対する配置状況は、89.2%、特に「市部」については88.2%とかなり低くなっている。つまり、全国でケースワーカーが1688人も不足している。福祉事務所の人員不足のために、実際に働いているケースワーカーの負担が過重となり、生活保護利用者の生活問題に十分な対応や支援が行うことができない背景要因となっている。
また、同調査結果から、現業員の最低限必要とされている社会福祉主事(社会福祉の一定の講習を受けた者等)取得率は、生活保護担当現業員で74.2%、査察指導員で74.6%であった。近年、社会福祉の専門職として認められている社会福祉士取得率はそれぞれ4.6%、3.1%、精神保健福祉士はそれぞれ0.5%、0.3%でしかなかった。ここから、多くの生活保護担当現業員が、社会福祉の専門的な知識や技術がないままに生活保護業務を担っていることが明らかになっている。
さらに、生活保護担当現業員の経験年数としては、「1年未満」が25.4%、「1年以上3年未満」が37.9%、「3年以上5年未満」が20.8%であった。全国的に、生活保護担当現業員は、3~5年で異動することが多いようで、生活保護法やその運用に精通した経験者が育たない現状がある。
したがって、生活保護担当現業員は、専門的な教育訓練を受けず、また経験を積み重ねることができないうえに、人員不足の状態で多忙を極め、生活困窮者・生活保護利用者に対して十分なかつ丁寧なケースワーク業務ができない状態にあると言える。
そのために、①ケースワーカーの増員、②社会福祉の専門職採用および配置、③他方他施策を含めた生活保護・社会福祉全般の研修の充実、④生活保護業務の経験蓄積ができる人事異動の展開などを図る必要がある。
イ アウトリーチ(ソーシャルワーク)の専門行政職員
3で述べた事業者からの通報や5(1)で述べた行政内部での情報共有などによって、リスク世帯が発見されたとしても、訪問をし、当該世帯の信頼を得て必要な行政サービスにつなげるためには、専門性のある根気強い働きかけが必要である。
現状では、先に述べたふれあい相談員(港区)やコミュニティソーシャルワーカー(大阪府)などがこうした役割を担う先進事例や、国がモデル事業として実施しているパーソナル・サポート(PS)・サービス事業などがあるが、中長期的には、各制度領域の連携を組織化できる立場にあり、常勤で自由に動くことができるソーシャルワークの専門的職種を行政内部に設置することが必要である。
(3)『「餓死・孤立死」ゼロ・プロジェクト』を自治体レベルにつくること
人権を守り実効ある『「餓死・孤立死」ゼロ・プロジェクト』を自治体レベルにつくることを検討すべきである。実効性を担保するために一定の権限を持たせ、構成は行政、議会を含めて構成し、市民や地域の事業者の参加を基本とする。
現在、各都道府県に多重債務問題の根本解決を目的として多重債務者対策協議会が設置されているが、同様の発想に基づき、各地域における生活困窮者・孤立者の発見、支援の仕組み作りを目的とする協議会的な場を設置することが考えられる。また万が一「餓死・孤独死」が発見された場合には、徹底した調査のうえで問題点を明らかにし、再び同様なことを起こさないために、「検証会議」を開き検証結果を公開するべきである。
【参考】
1 餓死・孤独死の発生状況
・2012年 (日付は発見日)
1月12日 釧路市 84歳の夫と72歳の妻
1月20日 札幌市 42歳の姉(病死)と40歳の障害を持つ妹(凍死)
2月13日 立川市 45歳の母親と4歳の障害を持つ息子
2月20日 さいたま市 60歳代の夫婦と30歳代の息子
2月20日 台東区 90歳代の父親と60歳代の娘
3月 7日 立川市 都営アパート 95歳の母と63歳の娘
3月 11日 足立区 73歳の男性と84歳の女性
3月14日 川口市 92歳の母と64歳の息子
3月23日 埼玉県入間市 75歳の母(死亡)、45歳の精神疾患の息子が助け出されていた。
母の死後10日後の発見。
3月25日 世田谷区 都営アパート 93歳の父(白骨遺体)、62歳の息子(自殺)
3月27日 福島県南相馬市 69歳の母と47歳の息子、凍死(母は認知症、息子は病気)
3月30日 秋田県鹿角市 90歳代の母と60歳代の息子
4月11日 茨城県守谷市で、生活保護受給中の無職男性(63歳)が、死後約3ヶ月後に発見
2 公開質問状 →こちらから
3 各市町村からの回答状況 →こちらから

2012年6月7日
「餓死」「孤立死」根絶のための提言
全国「餓死」「孤立死」問題調査団
2012年初頭から、我が国において餓死・孤立死が頻発する異常な事態となっている(新聞報道確認されただけでも、2012年1月~4月の間で13件。末尾【参考】参照)。
本提言は、GDP世界第3位を誇る経済大国において、このような事態が起きる原因を可能な限り明らかにし、餓死・孤立死を根絶するための提言を行うものである。
第一 提言の趣旨(骨子)
1 全事件に関する徹底した調査の実施
2 生活保護の漏給防止策の徹底(水際作戦の根絶と広報の強化)
3 ライフライン業者等との連携強化による緊急対応
4 リスク層に対する積極的アプローチ
5 行政内部での連携の強化と十分な要員配置・専門性の向上
第二 提言の趣旨(詳細)
1 全事件に関する徹底した調査の実施
当調査団は、餓死・孤立死が発生した6自治体(①札幌市白石区、②さいたま市北区、③立川市、④東京都台東区、⑤釧路市、⑥南相馬市)に対して公開質問状を発し、各自治体の回答を得た(別紙参照)。各事件は、それぞれの形態(家族構成、高齢者の有無、障害の有無程度、行政との関わり、生活保護申請の有無等)も異なり、個別の事件特有の要因もあると考えられる。しかし、共通する特徴として、いずれのケースも複数世帯(その多くは稼働年齢層を含む)であり、従来、孤立死のリスクが高いと見られていた単身高齢世帯以外にも餓死・孤立死のリスクが高まっていることが窺われる。
厚生労働省は、これまでも地域社会から孤立死を生み出さないことなどを目的として、「孤立死防止推進事業(孤立死ゼロ・プロジェクト)」、「地域福祉活性化事業」、「地域福祉等推進特別支援事業」、「安心生活創造事業」などを実施している。にもかかわらず、餓死・孤立死の悲劇が後を絶たないことからすれば、これらの施策においては、住民によるコミュニティ活動の活性化や、住民による新たな支え合いなどの「共助」が強調され、国や自治体の責任が曖昧にされていることから、事業の質や量に問題がある疑いも強い。
いずれにせよ、同種の悲劇を繰り返さないためには、国が所管自治体と連携をし、全事件について徹底した調査を行い、それを踏まえて再発防止策を構築するべきである。
2 必要とする人が漏れなく生活保護を受けられるようにすること
(生活保護の漏給防止策の徹底)
(1)「水際作戦」の根絶
①の札幌市白石区のケースでは、姉が、平成22年6月、平成23年4月及び6月の3回にわたって福祉事務所に生活保護の相談に訪れているにもかかわらず、生活保護の受給に至っていない。
当該世帯の最低生活費は184,720円であるのに対し、少なくとも3回目の相談時点の収入は妹の障害年金月額66,008円のみである。約12万円も最低生活費を下回っているうえ、家賃・公共料金の滞納もある明らかな要保護世帯であった。生活保護申請をする者は申請意思を明確に示すことすらできないこともままあるから、「申請する」という直接的な表現によらなくとも申請行為があったと認められる場合があるところ(福岡地裁小倉支部平成23年3月29日判決)、姉は「生活していけない」と生活保護の相談を持ちかけている以上、申請行為はあったと言える。
一般に福祉事務所職員には、生活保護の相談に訪れた者に対して、保護申請権の存在を助言・教示のうえ、申請意思を確認すべき法的義務があるが、本件の面接員は、当該世帯が要保護であることを明確に認識している以上、より高度の保護申請権の助言・教示義務、申請意思確認義務が認められる。
にもかかわらず、「高額家賃について教示。保護の要件である懸命なる求職活動を伝えた」と記録されていることからすると、①本来保護を否定する理由とはならない住宅扶助基準額を超えたアパートに居住していることを問題視し、②保護の開始要件でもない「懸命なる求職活動」を要件であると説明したものと推認される。
そうすると、姉から生活保護の申請があったにもかかわらず、職員は、当該世帯の要保護性の高さを十分に認識しながら、上記①②の点について法的に誤った教示・説明を行い、保護の要件を欠くものと誤信させ、保護申請を断念させたものと言える。申請権侵害があったことが明らかであり、しかも、その違法性の程度は極めて高いと言わざるを得ない。
同様の悲劇の再発を防ぐためには、違法な申請権侵害があったことを率直に認めたうえで、①すべての福祉事務所の窓口の誰もが手に取れる場所に生活保護申請書を備え置くこと、②相談の最初に保護申請書を示し、生活保護は誰でも無条件に申請する権利があること、原則として申請に基づいて開始されるものであること、申請があれば原則として14日以内に要否判定をし書面による決定がなされることなどを記載した説明文書を交付したうえで助言・教示するなどの再発防止策を講じるべきである。
(2)生活保護制度の広報の強化
情報が限られているため、厳密な判定は困難であるが、その余のいずれのケースも、ライフラインの利用料や家賃の未払いを経ていることからすると、生活保護の利用要件を満たす困窮家庭であった可能性が高いのではないかと思われる。生活保護制度の利用によって、経済的な生活の基盤が確保されていれば最悪の事態は防げた可能性が高いと思われる。
しかし、⑥では実際に生活保護の窓口に相談に赴いているが受給につながっておらず、それ以外のケースでは相談にさえ行っておらず、生活保護が利用できることを知らなかったか、利用することに対する抵抗感があったのではないかと推察される。
日本の生活保護の捕捉率は2~3割程度と極めて低く、その利用率(1.6%)も先進諸外国(独9.7%、英語9.3%、仏5.7%)と比べると異常に低い。悲劇の背景には、本来利用すべき人が生活保護制度を利用できていないという、膨大な「漏給」層の存在があると言わざるを得ない。
近時、生活保護制度を巡っては、不正受給防止のキャンペーンのみが強調される傾向にあるが、生活保護制度が誰もが生活に困った場合の有力な救済手段であることについても、市民に広報を徹底し、その利用を促進すべきである。
(3)適切な「生活支援戦略」(2012年秋)の策定
国が2012年2月17日に閣議決定した「社会保障・税一体改革大綱」では、生活困窮者対策と生活保護制度の見直しについて、総合的に取り組むための「生活支援戦略」を2012年秋を目途に策定することとされている。そのうち後者については、①不正受給対策を強調し警察官OBを福祉事務所に積極配置すること、②生活保護基準を引き下げること、③稼働年齢層に対して期間を定めた集中的な就労指導を行うことなど、財政的観点からの給付抑制策が目立つ。
しかし、上記のように現状でさえ、必要とする人々に生活保護制度が全く行きわたっていないのに、さらに制度を切縮める方向での改革が実施されれば、ますます餓死・孤立死などが増えるという悲劇的な結果を招くことが明らかである。
「生活支援戦略」の策定にあたっては、上記のような生活保護制度を切縮める方向での検討や取りまとめは断じて行うべきではない。社会保障審議会の「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」の検討課題にあがっている、生活困窮者・孤立者の早期把握、伴走型支援、多様な就業機会の確保等の諸施策の充実こそが図られるべきである。
3 ライフライン業者などとの連携強化による緊急対応
餓死・孤立死に至る過程では、ほとんどの場合、ライフラインの途絶という経過をたどっている。この点について、厚生労働省は、生活困窮から電気・ガス・水道料金等の滞納により、ライフラインが止められ、死亡に至るという事態の発生を防ぐため、電気等の供給停止に際して、電気・ガス等の事業者と福祉事務所が連携を強化し、要保護者の発見・把握に努めるよう促す通知を5回にわたって発出し(平成12年4月13日付、平成13年3月30日付、平成22年10月1日付、平成23年7月8日付、平成24年2月23日付)、資源エネルギー庁も事業者に対して同種の通知を発出しているが(平成14年4月23日付)、今回の事態をみると、ほとんど実効性が上がっていないと言ってよい。
個人情報保護法が「壁」になっているという見方も示されているが、「個人情報」の保護を理由に「人命」が失われるような事態は、本末転倒であって法の趣旨に反する。
個人情報保護法上の問題点については、①標準約款や標準契約書に同意条項を入れ込むことによって、同法16条1項、23条1項の「あらかじめの同意」を得ること、②一定の要件を満たす場合(例えば、滞納が数か月続き、近々供給停止が見込まれる場合等)には、同法16条3項2号、23条1項2号にいう「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。」に該当すると解釈すること、③同法第23条2項(オプトアウト制度)を活用することなどによって、クリアすることが十分に可能と解される。
そして、こうした情報の提供については、電気、ガス、水道等のライフライン事業者だけでなく、不動産賃貸業者、介護保険事業者、郵便配達員、新聞配達業者、ヤクルト配達業者、配食業者等との連携の構築も重要である。
この点、消費者庁は、本年4月26日付け事務連絡において、上記②の点について自治体消費者行政担当課等に対して通知したが、具体的な解釈指針は示されていない。①③の点も含めて、事業者の不安を払拭しうる具体例も例示した指針を通知等の形式で発出することが必要不可欠である。
4 「リスク層」に対する積極的アプローチ
本来は、ライフライン等の料金滞納等に至る前段で、そのようなリスクの高い市民に対して、行政機関の側が積極的にアプローチし、生活保護をはじめ関連する福祉サービス情報を個別に提供し、諸制度の活用による安心、安全な生活を保障することが必要である。
この意味で、東京港区での取り組みは注目される。同区では、一人暮らし高齢者の中から、介護保険や区の福祉サービスの認定は受けているが利用がない方、生活保護を受けていない方(港区では生活保護水準未満の一人暮らし高齢者が32%を占めている)、後期高齢者の中で1年以上の未受診者、ライフライン停止などの緊急性のある方を対象にして、2012年度から区を5地区に分け、各地区の「ふれあい相談室」に各2名配置された「ふれあい相談員」が対象世帯を訪問して必要なサービスにつなぐ活動を行っている。孤立した市民を行政の側が発掘して福祉サービスなどにつなげるシステムを構築したすぐれた取組といえよう。
5 行政内部での連携の強化とケースワーカー等福祉関係職員の十分な配置と専門性の向上
(1)行政内部での連携の強化(情報の共有化と迅速な対応)
一連の事件のほとんどにおいて、世帯員の中に障害者(児)がいたり(①③)、高齢者がいて(③④⑤⑥)、障害に係る年金や手当を受給していたり、要介護認定を受けたりしている。こうした世帯においては、その困窮状態を行政内の障害所管部署や地域包括支援センターが把握できた可能性があり、行政内部において情報の共有化と連携が行われて、たとえば生活保護所管課において生活保護の適用がなされていれば悲劇を防げたと思われる。
「縦割り行政」の弊害に加え、個人情報保護を口実にした情報の非共有化や、もともとの生活保護などのサービス抑制が、事件を引き起こしたり深刻化させている可能性があり、行政内部における連携の強化と、生活保護の積極的な適用が必要不可欠である。
(2)生活保護ケースワーカーをはじめとする十分な職員配置と専門性の向上
ア 生活保護ケースワーカー
生活保護の運用を改善するためには、ケースワーカーの増員、専門化の推進を進め、ケースワーカーが迅速かつ効果的に生活保護の来談者および利用者の問題に対処できる体制づくり等も進めるべきである。
厚生労働省の『平成21年 福祉事務所現況調査』によれば、生活保護担当現業員(ケースワーカー)の配置標準数に対する配置状況は、89.2%、特に「市部」については88.2%とかなり低くなっている。つまり、全国でケースワーカーが1688人も不足している。福祉事務所の人員不足のために、実際に働いているケースワーカーの負担が過重となり、生活保護利用者の生活問題に十分な対応や支援が行うことができない背景要因となっている。
また、同調査結果から、現業員の最低限必要とされている社会福祉主事(社会福祉の一定の講習を受けた者等)取得率は、生活保護担当現業員で74.2%、査察指導員で74.6%であった。近年、社会福祉の専門職として認められている社会福祉士取得率はそれぞれ4.6%、3.1%、精神保健福祉士はそれぞれ0.5%、0.3%でしかなかった。ここから、多くの生活保護担当現業員が、社会福祉の専門的な知識や技術がないままに生活保護業務を担っていることが明らかになっている。
さらに、生活保護担当現業員の経験年数としては、「1年未満」が25.4%、「1年以上3年未満」が37.9%、「3年以上5年未満」が20.8%であった。全国的に、生活保護担当現業員は、3~5年で異動することが多いようで、生活保護法やその運用に精通した経験者が育たない現状がある。
したがって、生活保護担当現業員は、専門的な教育訓練を受けず、また経験を積み重ねることができないうえに、人員不足の状態で多忙を極め、生活困窮者・生活保護利用者に対して十分なかつ丁寧なケースワーク業務ができない状態にあると言える。
そのために、①ケースワーカーの増員、②社会福祉の専門職採用および配置、③他方他施策を含めた生活保護・社会福祉全般の研修の充実、④生活保護業務の経験蓄積ができる人事異動の展開などを図る必要がある。
イ アウトリーチ(ソーシャルワーク)の専門行政職員
3で述べた事業者からの通報や5(1)で述べた行政内部での情報共有などによって、リスク世帯が発見されたとしても、訪問をし、当該世帯の信頼を得て必要な行政サービスにつなげるためには、専門性のある根気強い働きかけが必要である。
現状では、先に述べたふれあい相談員(港区)やコミュニティソーシャルワーカー(大阪府)などがこうした役割を担う先進事例や、国がモデル事業として実施しているパーソナル・サポート(PS)・サービス事業などがあるが、中長期的には、各制度領域の連携を組織化できる立場にあり、常勤で自由に動くことができるソーシャルワークの専門的職種を行政内部に設置することが必要である。
(3)『「餓死・孤立死」ゼロ・プロジェクト』を自治体レベルにつくること
人権を守り実効ある『「餓死・孤立死」ゼロ・プロジェクト』を自治体レベルにつくることを検討すべきである。実効性を担保するために一定の権限を持たせ、構成は行政、議会を含めて構成し、市民や地域の事業者の参加を基本とする。
現在、各都道府県に多重債務問題の根本解決を目的として多重債務者対策協議会が設置されているが、同様の発想に基づき、各地域における生活困窮者・孤立者の発見、支援の仕組み作りを目的とする協議会的な場を設置することが考えられる。また万が一「餓死・孤独死」が発見された場合には、徹底した調査のうえで問題点を明らかにし、再び同様なことを起こさないために、「検証会議」を開き検証結果を公開するべきである。
【参考】
1 餓死・孤独死の発生状況
・2012年 (日付は発見日)
1月12日 釧路市 84歳の夫と72歳の妻
1月20日 札幌市 42歳の姉(病死)と40歳の障害を持つ妹(凍死)
2月13日 立川市 45歳の母親と4歳の障害を持つ息子
2月20日 さいたま市 60歳代の夫婦と30歳代の息子
2月20日 台東区 90歳代の父親と60歳代の娘
3月 7日 立川市 都営アパート 95歳の母と63歳の娘
3月 11日 足立区 73歳の男性と84歳の女性
3月14日 川口市 92歳の母と64歳の息子
3月23日 埼玉県入間市 75歳の母(死亡)、45歳の精神疾患の息子が助け出されていた。
母の死後10日後の発見。
3月25日 世田谷区 都営アパート 93歳の父(白骨遺体)、62歳の息子(自殺)
3月27日 福島県南相馬市 69歳の母と47歳の息子、凍死(母は認知症、息子は病気)
3月30日 秋田県鹿角市 90歳代の母と60歳代の息子
4月11日 茨城県守谷市で、生活保護受給中の無職男性(63歳)が、死後約3ヶ月後に発見
2 公開質問状 →こちらから
3 各市町村からの回答状況 →こちらから